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京都地方裁判所 昭和38年(わ)1563号 判決 1967年8月29日

被告人 横山末松 村井義雄

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

第一被告人両名に対する公訴事実は、

被告人両名は、京聯自動車労働組合の役員であるが、同組合が予て会社側に対し賃金引上げなどを要求して争議行為を行ない、同組合の上部団体である全国自動車交通労働組合京都地方連合会傘下の各組合とともに各会社側と統一交渉を行なつていたものであるが、昭和三八年五月二九日京聯自動車労働組合の一部組合員が同組合を脱退して組織した京聯第一労働組合の団体交渉申入れにより、京聯自動車株式会社側では、同年六月二五日午後七時四〇分ごろより、京都市北区上賀茂本山町三三九番地所在の加茂別雷神社勅使殿内一八畳の部屋を神社から借り受け、同室において同会社常務取締役川本哲雄ほか三名が京聯第一労働組合執行委員長門末一ほか一〇名と同組合の要求事項に関し団体交渉を行なつていたところ、被告人両名は、同八時ごろ、京聯自動車労働組合および外部支援労組員ら多数とともに前記勅使殿に押しかけ、町田義明ほか約五〇名と共謀のうえ、これらの者とともに、右団体交渉を妨害する目的をもつて、前記川本哲雄の看守にかかる前記一八畳の部屋に乱入して侵入したうえ、同九時五〇分ごろまでの間、同室を占拠して右川本哲雄らを取り囲み「御用組合との団交を中止せよ」などと怒号し、罵詈雑言を浴びせて威圧を加えるなどして右団体交渉を妨害し、もつて威力を用い前記川本哲雄らの業務を妨害した

というのである。

第二本件に至るまでの経緯および被告人らの言動

一、京聯自動車労働組合(以下分裂前を京聯労組、分裂後を旧労という)は、京都市中京区西ノ京南大炊御門町一〇番地所在の京聯自動車株式会社(以下会社という)の従業員をもつて組織し、全国自動車交通労働組合京都地方連合会(以下全自交京都地連という)傘下の労働組合で、当時被告人横山は同労組の副執行委員長、被告人村井は書記長の地位にあつた。昭和三八年一月一五日から京都において実施されたハイヤー、タクシー料金の一八パーセント値上げに際し、歩合給の改訂について経営者団体である京都乗用自動車協会加盟の各会社(以下単に協会という)と全自交京都地連の両者間において、同年二月二日統一交渉をもつこととしその交渉に入つた。続いて同月一五日京聯労組は賃上げ、労働時間の短縮、労働協約、退職金問題などを内容とする春闘要求書を会社に提出したが、右両者はその要求事項についても前記の統一交渉に委ねることを決めた。その結果相当回数の統一交渉を重ねたすえ、同年四月三〇日協会は具体的回答案を提示したが、妥結しなかつたので統一交渉を打切り、同年五月上旬以降七月五日まで交渉はもたれなかつた。

他方、京聯労組と会社とのいわゆる単組交渉は、労働協約、退職金、衣服支給、争議中の賃金カツトなどの諸問題について、前記統一交渉とは別に続けられていたが、春闘の統一交渉行き詰りに呼応するかのように、会社責任者は予定されていた四月二〇日と五月三日の単組交渉に出席せず、会社にも姿を見せないで行方をくらましたため単組交渉も不可能な状態となつていた。

ところで、京聯労組は春闘突入後その要求を貫徹すべく波状的にストライキを繰返していたが、このような争議状態の最中である五月二九日、京聯労組内の一部の者(約八〇名)が集団で同労組を脱退し、社内の親睦団体である「ムツミ会」を中心として京聯第一労働組合(以下新労という)を結成した。そして新労は全自交京都地連および旧労とは別に、同年六月上旬ごろからおよそ三回にわたり料亭や神社などにおいて、ひそかに会社と団体交渉を重ねていたが、その第四回団体交渉は六月二五日午後七時三〇分ごろから、会社において借り受けた京都市北区上賀茂本山町三三九番地所在の加茂別雷神社(以下単に神社という)勅使殿一八畳の間において、会社側からは常務取締役川本哲雄ら四名、新労側からは執行委員長門末一ら役員一一名が出席して開かれ、給料の支払場所・売上金の納入場所・ガレージ等を旧労と別にすること、夏期手当賃上げなどの議案について交渉を進めていた。しかして、会社と新労がひそかに右神社で団体交渉を開いていることを探知した旧労は、緊急執行委員会を開き、この機をとらえて旧労との団体交渉再開を要求するため、副委員長である被告人横山を責任者として稼動中の旧労組員らが直ちに神社に赴くことを決めた。

二、被告人両名は、右決定に基づき、本件公訴事実にあるとおり六月二五日午後八時ごろ、五、六〇名の旧労組員(全自交支援労組員を含む以下同じ。)と共に神社勅使殿一八畳の間に立入り、会社側責任者川本常務に対し、会社が旧労との団体交渉を拒否するかたわら新労とひそかに団体交渉を行なつていることに抗議するとともに旧労との団体交渉を速やかに再開するよう要求した。

三、以上の事実は、<証拠略>を総合してこれを認めることができる。

第三公訴事実に対する当裁判所の判断

一、被告人両名の前記立入行為およびそこにおいてなされた抗議および要求行為は、組合機関の決定に従つたもので且つその主たる目的は後記認定の如く団体交渉の再開を要請することにあつたのであるから、被告人らの右行為は団体交渉権に基づく組合活動であるといいうる。勿論かかる行為のすべてが正当化せられるものでないことは言うまでもないが、これらの行為が建造物侵入罪および威力業務妨害罪を構成するかどうかは、憲法二八条および労働関係諸法規が労使対等の関係を可能ならしめようとする団結権、団体交渉権保障の趣旨に照らし、なお且つ争議状態の下における組合活動が、相手方の態度との関係でとくに流動的性格を有するものであることに鑑み、行為の動機・目的の如何、手段・方法の態様、侵害された法益との関係、相手方のとつた態度など諸般の事情を総合して判断すべきものである。

二、そこで、労働者に団体交渉権が保障されている結果使用者は誠意をもって交渉に応ずる義務を負うが、前示認定の如く春闘要求事項については協会と全自交京都地連間の統一交渉に委ねられていたものの、右以外の各企業内独自の問題等については統一交渉の対象とはなつていなかつたのであるから、このような事項について旧労から要求があれば、会社は団体交渉を拒む正当な理由がない限りこれに応ずる義務がある。しかして会社にこれを拒む正当な理由がなかつたことは、旧労との単組交渉を担当していた川本常務自身がこれを認めるところであり、(第一六回公判調書中の証人川本哲雄の供述部分)、そのうえ、五月二九日には旧労脱退者による新労結成という極めて重大な客観状勢の変化が起り且つ旧労との単組交渉が打切られて空しく二ケ月余を経過した本件発生の時点においては、なおさらこれを拒む正当な理由は見出し難い。のみならず、会社は各種の書面(京聯自動車株式会社作成の「労働協約案」と題する書面、金良清一、竹内権次作成の「申合せ事項」と題する書面、竹内権次ら作成の「確認書」と題する書面)で、第二組合の育成を行なわないなど京聯労組の団結権等を尊重する旨確認しておきながら、会社責任者は行方をくらませて長期間にわたり旧労との単組交渉を回避するかたわら、ひそかに新労と団体交渉を重ねてきたものであつて、このような会社の態度は労使間の信義に反するだけではなく、旧労の労働組合としての存在を無視し、ひいてはその団結権や団体交渉権を侵害するものといわねばならない。

三、検察官は被告人らの本件立入および要求行為の目的は、もつぱら新労との団体交渉を妨害中止させる意図に出たもののように主張する。なるほど<証拠略>によると、勅使殿一八畳の間において被告人横山らが川本常務に対し、新労との団体交渉中止を要求する趣旨の発言をしたことが認められるが、右川本との交渉経過を全体として考察すれば、旧労との団体交渉再開の要求が中心をなしていたこと、その結果会社側から旧労との団体交渉に応ずる旨の確答を得るや被告人らは直ちに勅使殿から退去していること、被告人らの退去後新労と会社間の団体交渉は引続きその場で行なわれたが、これに対し旧労側は何ら妨害行為に出ていないことなどを合わせ考えると、被告人らは自らの行動によつて会社と新労との団体交渉が一時的に中断されることを予期していたことは推認しうるけれども、検察官主張のように、もつぱら右の団体交渉を妨害中止させることを目的としていたものではなく、その主たる目的は旧労との団体交渉再開の申し入れにあつたと認められる。

四、弁護人は被告人横山らの入室については川本常務および看守補助者ともいうべき宇野営業部長の明示若しくは黙示の承諾があり、被告人村井の入室については、既に被告人横山らが承諾を得て入室していたのであるから改めて看守者の承諾を得る必要はなく、したがつて被告人両名の建造物侵入罪は成立しないと主張する。この点につき判断するに、<証拠略>に照らしにわかに措信し難く、かえつて被告人横山らの入室に対し新労組員が「何やお前ら、団交のところへ入って来て誰にことわつて入つて来た、非常識やないか」と抗議し、また被告人横山らの「こんなところに常務がいるぞ、皆入れ、入れ」との呼びかけに応じて旧労組員らが立入つた際、畳に坐つた川本常務が旧労組員らに対し「われわれはここで団交中なんだ、何故勝手に入つて来て妨害するんか直ぐ皆出て行つてくれ」と申し向け一応制止した状況が窺いうるのであるから、弁護人主張の如き承諾があったとは認め難い。もつとも、立入については右以上に被告人らとやりとりをした形跡はなく、また門末一は「経営者も口で入るのを止めるようなことをしていなかつたように思います」(検察官に対する供述調書)と供述し、川本常務の前記制止行為に気付かぬぐらいであるから、右の口頭による立入阻止がさほど強いものでなかつたことが窺える。なお、強く立入を拒否しなかつた理由について川本哲雄、門末一は「何されるかわからんと恐しい気がしました。」「相手は大勢でこちらは人数が少なくあのような勢で入つて来たのですから口で言つたり体で防いだりしても、とても言うことはきかず喧嘩になつて袋叩きにされると身の危険を感じたからです。」などと供述しているが(右両名の検察官に対する各供述調書)、被告人らがその場に居合わせた会社および新労側の者に対し暴力を行使したとか、危害を加えるような気勢を示したとかいうような具体的行動は認められず、また団体交渉の経験が浅い川本常務にとつては激しい雰囲気の団体交渉は初めての経験でもあり、門については対立する組合間の感情もからみ、いずれもその供述はかなり誇張した表現になつているものと断定してよい。

そして、この会社では従来団体交渉は会社構内で行なわれるのが慣行であつたから、本件の場所が神社の一室であったとはいえ、会社が団体交渉の場所として借り受けたものであるからその性質においては会社施設の延長ともいうべきであり、しかも被告人らが立入つたころ、新労との団体交渉は休憩中で、他方新労との団体交渉事項中には被告人らの団体交渉申し入れのための立入を全面的に阻止してまでも急がねばならぬ緊急性は見出し得ず、むしろ当時行方をくらまして旧労との交渉を回避していた会社責任者の態度に徴すると、旧労の者とはその理由の如何を問わず会いたくなかつたのではないかと推認されるので、このような事情をも合わせ考えると川本常務の立入拒否には合理的理由が乏しいといわねばならない。

次に立入の具体的状況についてみるに、<証拠略>によれば、被告人横山は同日午後八時ごろ上賀茂神社に到着したが、先に来ていた旧労の瀬川喜市郎らから勅使殿への立入について社務所宿直員の了解を得たことを確めたうえ勅使殿一八畳の間に赴むき、北西入口附近に宇野営業部長を呼び出して暫く話し合つたあと、同人と相前後して入室したもので、その部屋へいきなり立入つたのではなく、更に被告人村井をはじめ五、六〇名の旧労組員らは、瀬川や被告人横山の呼びかけに応じて入室する迄は右勅使殿一八畳の間周辺の庭先で室内の成行を窺つていただけで、その間新労組員に姿を見られるとあわてて身を隠すという情景さえあつた位であつて到着と同時に是が非でも強引に押し入るという気配はなく、また旧労組員らは勅使殿一八畳の間東側襖を外したが、それは立入るためではなく既に会社側および新労役員ら一五名が坐り或は寝そべつていたところへ旧労組員らが入室したので手狭になりこれを外したものと認められるのであつて、以上の事情を総合すると被告人らの立入行為の態様はいわゆる「乱入」という言葉で表現される程度のものではなかつたと認められる。

更に、被告人らの言動を威力業務妨害との関係で考察するに、<証拠略>によれば、被告人らの団交要求に対し、川本常務は「新労とは統一交渉の対象になつていないので会社としては団体交渉に応ずる義務があり、旧労とは六月二九日に統一交渉が予定されているからそのとき交渉すればよい」などと説明反ばくしたが、被告人横山らは「統一交渉はわかつとるが単組の問題もあるのやから直ぐ御用組合を返して我々と団交をもて、若しできなければこれから会社に帰つて開け、はつきりさせるまでこのまま明日までここに居坐つてやる、全自交の者をもつと動員するぞ、全自交の者はこいつらとわけが違うぞ、もつと土性骨が坐つているぞ。」などと大声で申し向け、また右交渉中被告人村井は川本常務に対し「おまえのテツは焼き直さんといかんテツやないか。」などと言い、周囲の旧労組員らも口々に団体交渉の再開を要求すると共にかなり粗野な言葉で川本常務を非難していたことが認められる。

そもそも団体交渉は団結の威力を背景に行なわれるものであるが、それは誠実に、平和的且つ秩序ある方法で行なわれねばならないのであるから、被告人らの右言動は決して望ましい姿ではない。しかしながらもともと京聯労組と会社との団交態度や交渉の場の空気は日ごろから活発であるうえ、長期間にわたる団体交渉回避など会社側の不誠実な態度が被告人らの本件言動に反映して交渉態度には昂奮による或る程度の緊迫感が伴うのはやむをえないことであり、まして事柄が旧労の団結権、団体交渉権が無視されるという組合の存在にも連なる重要な問題であるからなおさらであつたと考えられる。このゆえに被告人らの本件言動には、多少激しいところがあつたとはいえ、団体交渉再開の申し入れとして著しく常軌を逸していたとは言い難い。

弁護人は、本件会社と新労との団体交渉は刑法上保護に値する業務ではないと主張するが、証人大久保新二郎、向瀬川喜市郎の当公判廷における各供述によれば、新労結成の前後を通じてその中心的人物が会社から或る程度の優遇を受け或いは新労結成後会社は旧労を差別待遇したことは認められるが、右の事実のみを以てしては未だ新労が労働組合としての自主性を欠いていたとは断定できず、新労と会社との団体交渉を刑法上保護に値しない業務と認めるのは失当であつて、右主張は採用できない。

五、以上要するに、会社は旧労との団体交渉に応ずる義務があるのに正当な理由もなく長期間にわたつてこれを回避し、かたわら、争議中に旧労から集団脱退して結成された新労とひそかに団体交渉を重ね、これを育成するが如き態度をとつていたことが明らかで、被告人らの本件行為はこのことを知つて、団体交渉中の部屋に立ち入り会社の不誠実をなじるとともに旧労との団体交渉を求めたものであつて、しかも被告人らの行動中には会社側や新労役員に対し暴力や脅迫にわたる程度の言動があつたとは認められず且つその場所は個人の私宅ではなく、むしろ会社施設の延長とでもいうべき場所である。更にそこにおける「業務」は労働組合としての自主性に疑問を抱かせるような新労と会社との話し合いで、これが前後二時間足らず中断したに過ぎないのであるから、被告人両名の本件行為は、その動機・目的、手段・方法の程度・態様、相手方(主として会社)の態度、被害法益との関係など諸般の事情を合わせ考えると、旧労の団結権・団体交渉権擁護のためになしたものであつて本件の如き状況のもとでは労働組合の正当な行為を逸脱したものとはいえず、結局、刑法三五条所定の「正当な行為」として刑罰の対象とならない。よつて被告人両名に対し刑事訴訟法三三六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺常造 高橋史朗 西川賢二)

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